2012年5月31日木曜日

AGP 第7号


AGP日本語通信 第7号 (2012年6月号)


夢の子供
N・S・スミトラ

 私はことしの6月に結婚しました。いつか遠くない将来に、待望の赤ちゃんができると思います。
 子どもを育てるためには、何が必要しょうかどんな子どもになってほしいかと考えました。アインシュタイン、ガンジー、マザー・テレサ、オバマ、ビル・ゲイツ…。でも、このリストを完成させる前に、子どもはおとなになってしまいます。私の子どもは、成功もしてほしいですが、ほかの人に尊敬されるような人になってほしいですね。時間を守る人、約束を守る人、責任感のある人、まじめな人になってほしいです。たとえば、子どもが学校に遅刻して、先生になぜおくれたのかかれたとき、たくさんしゃべってしゃべって、自分のまちがいをみとめずに、ほかの人に責任をかぶせ人ならいやです。遅刻したら、渋滞(じゅうたい)がありました、あさ水が出なくて、したくができませんでした、自転車がパンクしました、きのうおそくまで勉強したので、あさ起きられませんでした(ほんとうはゲームをしていたんですが)。インド人が時間にまにあうためには、こんなにたくさん障害があるんです。
 同じように、約束を守ってほかの人の信頼を得なければなりません。たとえば、日本人のようにらなければならないことを約束どおり完璧(かんぺき)なけばなりません。できないときは、前もってそう伝えること大事です。インド人はいつ聞いても、「できます」と言って、実際にするときになって初めて「できません」と言います。つまり、インド人はいつもできるんです、しなければならないとき以外は。日本人のようにちゃんと計画を立てて、前向きに考えることが必要です
 すごい、いま私の子どもは時間を守って、約束を守って、責任感があって、まじめな人です。いいですね。でもいつ私といっしょ時間をすごしますか。日本人のようにいつも仕事について考えていたら、家族、親戚の愛についてわからなくなりませんか。インド人のように家族や親戚を大事にするのは大切ですよ。誰からも独立していたら、人生の意味とかしあわせがわかりません家族や親戚の愛の中に育ったら、ほかの人の感情を尊重するようになって、よく助けあいをするでしょう。そうするとほかの人にも尊敬されるようになります。たとえば、主人はチェンナイの人ですが、去年バンガロールでチフスになりました。そのとき、主人の兄の奥さんのお母さんのお兄さんの娘が、仕事を1週間休んでずっと世話をしてくれました。 
 いろいろ考えると、私は、「感謝」にかんしては日本人とインド人に共通ではないかと思いました。インド人は、家族・親戚を思い、家族愛をはぐくみます。いっぽう、大半の日本人は礼儀を重んじています。それで、まじめに働きますが、その底には感謝の心があると思いますインド人のいいところと日本人のいいところをミックスして、つねに感謝の気持ちをわすれない子どもに育てていきたいといます。
 子どもはあしたの社会です。規則を守って、まわりをきれいにするのは、たしかに社会の発展に役に立ちます。たとえば、信号を守る、交通規則を守る、人にしなくてもいいと言われても、自分のやるべきことをやる正直(しょうじき)な人になって、次の人、またその次の人とこの気持ちをつなげていけ、国に対しても貢献(こうけん)できると思います。そんな子どもが私の夢の子どもです。

(南インド弁論大会で優勝し、全インド弁論大会で特別賞をもらったスピーチです。バンガロール弁論大会にも参加して4位になっていますが、そのあとで大きく書き直したので、ほとんどのバンガロールの人にはこの「改訂版」は初めてでしょう。)


                                        移り変わり
ギータ・ラグラーム

 私の人生には、二人の主要人物がいます。私の主人と父です。二人を関する二三のできことをときどき思い出します。今日はみなさんにそれを紹介したいです。
 これは子どもの時の話です。十二歳でした。家族といっしょに住んでいました。その近くに川が流れていました。ある日テロリストがその川のダムを爆破するという噂が流れて来ました。恐ろしくてがたがたふるえていた私は、父に「ここから引っ越してほかの所へ行きましょう」と言いました。父は、「あの噂は全部嘘だ」と軽く言って笑いました。私は怒って、「お金と金と通帳を私にちょうだい。私、おばさんの家へ行くの。あなたたちは何でもしてください。私は生きていたい」と利己的にいって、父を傷つけました。あのころは、人間、それどころか両親の大切さも知りませんでした。あのできことを思い出すと、今も恥ずかしい気持ちになります。
 私の今のしあわせの基礎は両親です。両親からもらった愛は何にも比べられません成長した今は、人間の価値がよく分かっていると思います。
 次は、主人を最初に見たときのことについての笑い話です.
 私の結婚はお見合い結婚です。主人にいちばん最初に会ったのは、17歳ぐらいの時でした。どこでしょうか? バス停です。お見合い結婚だけど、どうしてバス停?
 私は両親といっしょに今の主人を見に主人の家へ行きました。その時は、主人の家が親類で一杯。皆を見た私は、恐くなってだれとも何も話さないで、テレビばかり見ていました。「いつここから帰られるだろう」とばかり考えました。今もあのときのことを思い出して笑います。今、私はあの家の主です。
 その後、主人の姉は私に、「彼があなたと話したがっている」と言いました。そこで私は、「いいえ、いいえ、話せません」とおずおずと言いました。今はどうでしょう? 今、私は家族のだれよりもたくさん話します。どうやってあの新しい家になれましたか? ほんとうにわかりません。
 それから、主人を見ようとしない私の気持ちが分かったぎりの母は、主人を私を見送りに行かせました。もう夜になっていたんです。バスに乗った私が、出発する前、彼に「さよなら」と言った時に、バス停で、バス停のうすぐらい中で初めて主人を見ました。彼に恥ずかしそうに微笑みかけて出発しました。しかし主人のイメージを目にいれて帰りました。
 みなさんの人生にもそのようなおもしろいできことがあったかもしれません。そんなじょうけいをもちろんみなさんは経験しているものとおもいます。あんなじけんやできことなどによって、私たちは成長するのかもしれません。これが移り変わりではありませんか?


日本への研修旅行
レヴァティ・R

 日本 - 日本語を勉強している学生たちが一度は行ってみたい国だと思います。景色がすごくきれいな国です。いろいろな夢を持って日本へ来ました。5月8日に来日し、今関西国際センターで日本語の勉強をしています。
 最初の日は、このプログラムについていろいろ説明してくださいました。参加者の話し方を上達させるためのプログラムです。ホームビジットをしたり、小学校へ行ったり、スピーチをしたりもします。自分でスピーチをして、先生に送って、先生から直していただいて、授業でスピーチします。これを録音して、自分でも聞きます。これをチェックして、次のスピーチのとき前のスピーチで間違ったことを直して、もっとよくします。
 関西センターからグループに分かれて大阪へ行きました。これもこのプログラムのタスクでした。四人のグループで四天王寺(してんのうじ)というお寺と梅田スカイビルへ行って、この研修について発表するタスクでした。いろいろな国の学生といっしょにいきましたから、とても楽しかった。

  
 
 東京にも行きました。大阪と比べたら、東京はとてもにぎやかでした。東京タワーへ行ったり、ふうりんを作ったり、友達の先生に会ってみんなといっしょに一日を過ごしました。東京の古い町浅草にも行きました。お寺へ行ったり、買い物したり、インド人と話したりしました。
 小学校へ行って自分の国について説明したり、日本の小学校についていろいろ聞いたり、生徒と遊んだりしました。日本の学校はインドの学校ととても違います。たとえば、教室に入るとき、学校用の特別な靴を履きました。小学生はみんな学校の食堂からの食べ物を先生といっしょに食べました。ごはんが好きではないという子供は、ごはんを食べないで他の食べ物を食べました。
 センターの近くにスーパーがあります。センターから自転車を借りることができます。自転車を借りてスーパーまで行きました。センターは海の近くにありますから、途中の景色はとてもきれいです。ある日、近くにある海にも行きました。すばらしい経験でした。友達といっしょに遊んだり、景色を見て楽しく過ごしました。またいつか行きたいです。センターの中にはバドミントンやテニスなどのゲームがあります。
 これからはインタビューもします。自分でテーマを選んで、三人のグループで近所の人や大学生にインタビューをして、意見をまとめて発表します。京都や奈良や神戸も行く予定があります。楽しみにしています。このプログラムでは新しい経験がいろいろあって、いろいろな国の友達ができて、楽しいです。


ラゴーリ

 ラゴーリは南インドのカルナータカ州の遊びである。
・人数:2つのチーム、各チームに3人以上
・必要なもの:平らな石7つ
       やわらかいボール1つ
・遊ぶ場所:昔は道でもしていたが、もうちょっと広いスペースのほうがいい。
・遊び方:
 まず、2つのチームを組む。チーム1の人は平らな石を大きいほうから積む。次に、チーム2の人は遠くから積まれた石にボールを投げる。すると、チーム1の人たちはそのボールがあたってくずれた石を元にもどす。チーム2の人たちはボールをチーム2の人の足にあてる。ボールがあたると、その人はチームから外れる。チームに残った人たちがまた石を元にもどそうとすると、チーム2の人たちはボールを投げてそれをじゃまする。チーム2の人たちがチーム1のみんなを外に出したら、チーム2の勝ちで、1点をもらう。できなかったら、チーム1が勝つ。今度はチーム2が石を積む。最後に点数が多いチームが勝つ。
       (スシーラ・メノン)


吉野 宏(よしの ひろし)(東京大学インド事務所長)講演
 テーマ:「日印鉄道交流 
 日時:65日(火)10-12
 場所:バンガロール大学(シティキャンパス)世界言語センター2階 日本語教室
 聴講者歓迎です。


今月の川柳

 結婚の まえは恋人 あとは敵  リーラ

 やせたくて 買ってかざった トレッドミル  リーラ

 夏休み 子ども天国 親地獄(じごく)  スシーラ


今月のカンナダ語
Naanu belaggay manayli iddhey(ナーヌ・ベラッゲ・マネリ・イッデ:私・朝・家に・いた)
Ninnay awaru Mumbaigay hoodhru.
 (ニンネ・アワル・ムンバイゲ・ホードル:きのう・あの人・ムンバイへ・行った)
Niivu uuta maadadhra? (ニーヴ・ウータ・マーダドラ?:あなた・食事・したか?)
Maadalilla(マーダリッラ:しなかった)
Paata aaithaa?  (パータ・アーイター?:勉強・おわったか?)
Aaithu./ Aagilla.(アーイトゥ/アーギッラ:おわった/おわらなかった)
Niivu eenu aagbayku?(ニーヴ・エーヌ・アーグベク?:あなた・何・なりたい?)
Naanu doctor aagbayku(ナーヌ・ドクター・アーグベク:私・医者・なりたい)
Taxili 2 gantay kaala aagatthey.
 (タクシーリ・エラドゥ・ガンテ・カーラ・アーガッテ:タクシーで・2・時・時間・かかる)
Awarigay alligay barakkay aagatthey. 
 (アワリゲ・アッリゲ・バラッケ・アーガッテ:あの人に・あそこへ・来るのに・できる)
Nimagay Kaanada oodhakkay baratthaa? 
 (ニマゲ・カンナダ・オーダッケ・バラッター?:あなたに・カンナダ語・読むのに・できるか?)
Howdhu, baratthey.(ハウドゥ、バラッテ:はい、できる)
Naanu kelasa maadlay bayku.
 (ナーヌ・ケラサ・マードレ・ベク:私・仕事・(きっと)する・必要だ)
Gate mundhey car park maada kuudadhu.
 (ゲイト・ムンデ・カー・パーク・マーダ・クーダドゥ:門・前に・車・駐車・して・いけない) 
Eenaadhru baykaa?(エーナードル・ベイカー?:何か・ほしいか?)

2012年5月2日水曜日

AGP 第6号


AGP日本語通信 6号 (2012年5月号)


もう、どんどん出します。原稿があるんだから。
でもこれ、日本人は書いていなくて、みんなインド人が書いてるんですよ。すごい、と個人的に思います。


草の根からはじめましょう
コウムディ・クルカルニ

 平和。それは一つのことばですが、世界にとって大切な意味があります。自然という大きな力は調和を保っています。しかし、自然によって創造された「偉大な」はずの人間は、自分勝手な意図で自然と自然の平和を守りません。その結果、限度をこえたら罰せられますが、私たちは今もその大切さがわかっていません。
 平和とは何ですか。いろいろな意味や定義があります。たとえば、これは暴力がない調和の状態です。または、じゃまされない健康でゆたかな環境です。どうやって世界の、社会の、国の、それから自分のまわりの家族の、そして、心の平和を守って、きずなをむすんだらいいかを考えましょう。
 私たちはまず、心の安らぎをもたなければなりません。ノーベル平和賞をもらった人たちの人生を見てみましょう。どうしてそんな大きな、大切なことができましたか?その力は、心の平和です。私たちは平和について国際会議を開きますが、自分の見方に立って争います。大きな仕事をするときは、自分のことをすっかり忘れます。私たちは本当に平和にしていますか?何か残念なことがあったとき、私たちはすごくがっかりします。だれかが悪いことを言ったときも、腹立ちをコントロールできません。小さい問題にも緊張します。なぜ?-なぜかというと、心の安らぎが少しもないからです。
 だから、ちょっとだけ努力して、静かになって考えましょう。私たちは自分の文化や宗教に忠実です。でも、ほかの文化や宗教に敬意をもつことを忘れがちです。文化や宗教は平和でゆたかな生活のためにあります。人々の間の争いのためにあるのではありません。どうして自分の考えをほかの人に押しつけるのですか。私たちの文化宗教を守って、ほかの人の文化と宗教に敬意をはらいましょう。
 きずなとは何でしょうか。それを私は子どものころから見ています。私の国インドはいろいろな宗教の人々がしあわせにくらしています。州によってことばがちがいます。でも、みんなインド人というきずなでむすばれています。これについて、私のふるさとはいい例です。コラプルという私のふるさとは、西インドにある小さないなか町です。ヒンドゥー教の古いお寺があることで有名ですが、いろいろな宗教の人々が住んでいます。
 ヒンドゥー教とイスラム教の人たちは、みんなお寺とモスクへおいのりに行きます。ふたつの宗教のお祭りをいわいます。父の友だちのサジドさんとその奥さんはムスリムです。でも私をむすめのように思っていますから、おとうさん、おかあさんと呼びます。私たちはすべての祭りをいっしょにいわいます。そのむすこも妹のようにかわいがってくれます。彼の結婚式で、私はほんとうの妹のように式をつとめました。
 インドでは、結婚式で花むこは花よめに特別な首かざりをかけてあげます。これは結婚したことをあらわすもので、結婚した女性は毎日つけます。夫が長生きするように。これも「きずな」だと思います。
 母の大学の友だちスライヤさんは大学を卒業したあと、結婚して会えなくなりました。私たちが新しい家にひっこししたとき、ぐうぜんに30年ぶりに会って、ふたりともよろこびました。彼女もムスリムです。彼女ものむすこは私の親友です。ふたつの家族はしあわせにくらして、いっしょにそれぞれのお祭りをいわいます。イスラム教のお祭りのとき、肉を食べます。でも、私の家族はみんなヴェジタリアンですから、彼女は料理をべつべつに作ります。肉のあぶらが入らないように。これは本当にいいことではありませんか。
 私たちの国では、あるお祭りの日に女性が兄弟にひもをむすんであげる習慣があります。私はムスリムの「おにいさん」たちのしあわせのため、彼らにもひもをむすびます。これもすばらしい「きずな」です。ぜひ大切にしていきたい習慣です。
 インドがイギリスに支配されていたとき、父の友だちバルチェルさんの両親はイギリスからインドへ来ました。そしてコラプルが好きになって、イギリスへ帰りませんでした。今バルチェルさんは家族といっしょに住んでいます。クリスマスのとき、ケーキを作るのをてつだいます。真夜中にみんなで教会に行きます。
 うれしいときも、かなしいときも、みんな近くにいるのはすばらしいことではありませんか?友だちになったら、あいての顔の色、宗教、お金などだれも見ません。見るのはひとつだけです。心。子どものころからまわりにそんな人々の強いきずなを見ています。世界を平和のひもでむすぶ強いきずなのあることを、ふるさとで子どものころから見てきました。そういう考えが大切なのではないでしょうか。きずなをむすび、平和をきずくのは人間の責任です。


石蹴り
スマ・アガラ

 私は子供のころよく石蹴りをしていた。石蹴りは友だちとも、一人でも遊ぶことができる。子どものころあまり友だちがいなかったので、一人でもしていた。
 まず地面に枠をかいて、適当な石を拾う。マス0は「ホーム」と、マス10は「セーフ」と呼ばれる。1巡目は、マス0に立って、石をマス1の中に投げる。次に、マス1をとばして、マス3まで各マスを片足跳びで進む。マス4と5の場合は、左足は4、右足は5におく。また、マス6は片足跳びで、マス7と8の場合は、左足は7、右足は8におく。マス9は片足跳びで、マス10は「セーフ」だから、両足で立つ。それから、帰り道は、マス9は片足跳びで、マス7と8の場合は右足は7、左足は8におく。それから、片足跳びをしながら、自分の石をマス0の方に蹴って進む。次は、同じように、マス0に立って、石を2、3、4…に投げる。
 石を投げる時、マスの線の上に落ちたり、片足で跳ぶときや石を蹴るとき、バランスをうしなって手を地面についたり、石があるマスを踏んだりしたら、次の人の番になる。
 マス1から順番にマス9まで石を投げて、いちばん初めに完了した人が勝つ。

                                                日本のケンケンパー





日本とインドの絆、オートリキシャ
ショバナ・クリシュナムルテ

 インドの道路を走っているもっとも有名な自動車は、オートリキシャである。「オート」とも「リキシャ」とも呼ぶ。インドの観光に欠かせない経験とも言える。南インドでも日本でも人気である俳優ラジャニがオートの運転手の役をしてから、もっと尊敬されるようになった。
 日本とインドのきずなの60周年の記念に紹介しなければならないことは、このリキシャの起源である。19世紀の終わりごろに日本で発明された人力車は、1850年からインドで使われていて、いろな工夫の末、エンジンで走る今のオートリキシャになった。たしかにリキシャの発祥の地は日本であるが、今は「リキシャ」という自動車は日本には存在しない。
 そういうオートの乗り方を詳しく説明しよう。
 まず、道路を走っているオートを手を振って呼ぶ。空いていたら止まるが、止まるまで必死に呼ぼう。
 来たら、自分が行きたい所へ行くかどうか確認する。普通は運転手の都合で決める。自分の行き先まで連れて行けるオートが見つかるまで何台ものオートを探すことになる。
 驚いたことに、見つかったら次は料金の話になる。大半の運転手はメーターを入れないで、決まったお金を要求する。特に外国人の場合はそれが決まりである。私もバンガロールに引っ越したとき、道がわからなかったので、何回もだまされたことがある。メーターで走るオートが見つかるまで頑張ろう。
 やっと見つかった! だが、これからリラックスして行けると思ったら大間違いだ。楽しい冒険が始まるからご注意!! でこぼこした道、時々近道だというー人も歩いていない道を通るかもしれない。道がこんでいると、運転手は挑戦を受けたように思って、想像もできないもっと狭いところを走っていく。
 バスの近くまで行ってブレーキをかけたりなど怖いことをした時など、オートが転ばないようにと神様に祈りながら行く瞬間を体験したことがある。そういういろいろな経験をしながらも、道を確かめるのを忘れたら、特に外国人の場合は回り道を使っているかもしれない。
 やっと行き先に着く。メーターどおりにお金を払って、おもしろい体験したとか無事に着いてありがたいと思ったら、チップをあげてもいい。以上でおもしろいオートリキシャの冒険の終わり。リキシャを発明した日本人は、こんな使い方を全然想像もしていなかっただろう。



今月の川柳

 まいにちの 家事は火事だよ 女には  LM

 お月さま すきなゲームは かくれんぼ  LM

 雨季がきた かさをさしたら こわれてた  SA


きびしい先生? やさしい先生?
ギータ・ラグラム

 六年前私は大学で教師として英語を教えていました。学生たちと仲よくなって、わくわくしていました。私にも教えることは大好きで、たのしかったです。あの年は私が仕事をした最初の年でした。大学でたくさん経験がある教師たちもいました。いつもいっぱいの私の教室を見て、ほかの教師たちはうらやんでいました。だれも私とちゃんと話をしないので、さびしい気持ちでした。
「教師はいつも学生と友達みたいにしないほうがいい」と同僚からいわれました。ある日大学で学生たちからフィードバック をもらいました。後で校長は、先生たちみんなを会議に呼びました。校長は皆の前で「ギータさんは学生に人気がある」と褒めました。 私はとてもしあわせでした。突然一人の同僚が立ちあがって、「学生と友達のようにすれば、私も学生たちにすきになってもらえると思うよ。私はきびしいですからきらわれます」と悪口を言いました。校長も前の感想と変わって、「ギータさんのfeed backはいい…。でも、もっときびしくしたほうがいいと思うわ」と意見を述べました。その日私はちょっといやな感じになりました。私は、学生たちが先生をすきなら、その先生の教える科目もすきになるだろうと思います。その年の最後に結果が出て、みんな英語でいい点数をもらって合格しました。私の気もかるくなって、とてもしあわせでした。
 しかし、私にはいまも分からないことがあります。学生たちがちゃんと勉強するために、先生がきびしくするのが必要ですか? 学生とつき合うのはだめですか? 今日は私のいやだったことについて書きました皆さんはどう思われるでしょうか?


今月のカンナダ語
Ivatthu Janavari eradanay thaariku. 
イヴァットゥ・ジャナワリ・エラダネ・ターリクきょう・1月・2番目・日
Naalay yaava vaara? Soma vaara.
 (ナーレ・ヤーワ・ワーラ?:あした・どの・曜日/週?ソマ・ワーラ:月曜日
Hoogi barthiini. (ホーギ・バルティニ行って・来ます
Hoogi banni. (ホーギ・バンニ行って・来なさい>行ってらっしゃい
Enta indha hatthara waregay paata maadthiini.
 (エンタ・インダ・ハッタラ・ワレゲ・パータ・マーッティニ8()から・10()まで・勉強・する
Ondh pepsi kodi. Thannane dhu kodi.
 (オンド・ペプシ・コディ:1・ペプシ・くれ。タンナネ・ドゥ・コディ:冷たい・の・くれ
Iiga naanu kelasa maadthaa (maad+thaa) idhini.
 (イーガ・ナーヌ・ケラサ・マーッタ・イディニいま・わたし・仕事・して・いる
Avaru saha kelasa maadthaa idharey. 
 アワル・サハ・ケラサ・マーッタ・イダレあの人・も・仕事・して・いる