2012年8月1日水曜日

AGP 第9号

AGP日本語通信 第9号 (2012年8月号)


<インド文化講座・2>

インド家族と結婚事情
アラティ・ゴパラクリシュナ

ジョイントファミリーとは
 皆様もご存知の通り、インドでよく見られる家族の形態はジョイントファミリーと呼ばれます。では、ジョイントファミリーとは何でしょうか。
 インドでは、昔から男子は結婚後も実家にとどまり、妻と子供も含めて同じ家で暮らします。いっしょに食事をし、仕事をし、お祈りしたりするだけではなく、社会や経済的なことにもお互いに協力し活動します。昔からこのような大家族で生活してきました。
 このような伝統的な家族の形態は、今はどうなっているのでしょうか。インドの67%の農民たちは今も同じような生活をしています。
 それに、インドの大金持ちで、大企業を経営しているタタ、ビルラなどの人たちも大家族で生活をしつつ、経済的な面でお互いに援助や協力をしています。

  
 しかし、都会に住んでいる中流階級の人たちでは、すこしずつ家族の形態が変わってきています。多くの世代の人々が一緒に住むのが理想的ですが、会社や学校に遠くなる可能性もあり、大きな家を建てるのも難しいので、核家族になることもよくあります。日本と同じような核家族、つまり、両親と未婚の子供で家族が形成されているケースも少なくないです。けれども、親類のネットワークはいまだにとても強く、親戚(しんせき)や家族を第一に考えることが何よりも重要と言う価値観の中で、経済的にも助け合って生活しています。たとえば、私の場合、親が転勤で他の町に住んでいたので、兄とともに伯母の家で育てられました。
 何か重要なことを決めるとき、たとえば、子供をどんな学校に行かせるか、どんな勉強をさせたいか、どこで家を作ったらいいか、などのことを決めるときも、よく親族たちと話し合って決めるのが普通となっています。それで、結婚相手を決めるときも、同じようにお互いの親族の人に頼るのが普通です。みんなで話し合って相手を決めるこんな習慣が、お見合い結婚です。

結婚事情
 インドで今も大半となっている結婚方法、お見合い結婚を紹介したいと思います。適齢期(てきれいき)になると、親や親族が結婚相手を探し始めます。適齢といっても、都会では女性は20歳~25歳ぐらいで、男性は25歳~30歳ぐらいとなっています。
 結婚相手を探すためには、結婚する人の写真、履歴書と星座のチャートを作り、エンジニアがいいとか、外国で働いている人がいいなどの結婚条件を決め、以下の方法で結婚相手を探します。
 まず初めに、親類たちや知り合いの中で誰かその条件に合う人がいるか確認します。それから、お寺や知り合いの人に相手を探すように頼みます。もう一つの方法は仲人(なこうど)会社です。以前は、その家族を良く知る、顔が広い年上の女の人が仲人をやっていましたが、今は仲人会社が作られているので、履歴書を作成して、結婚条件も説明して頼むのが普通になっています。
 仲人会社の人たちは、多くの人の履歴書を持っていて、条件の合っているいくつかの人たちの履歴書や写真、星座のチャートを見せてくれます。家の人は星座のチャートがマッチし、自分の条件にあった人に連絡し、家族と一緒に会って、結婚する人だけではなく、家族みんなで相談して結婚相手を決めます。
 新聞で広告を出すことやインターネットの結婚サイトで相手を探すこともよくします。
 星座は、子供が生まれてた時の天体と星座の位置によって書かれます。これを見て専門家が人の未来を予想することができると信じられています。何かの行事、たとえば、家に入るセレモニーや結婚式をやるとき、そのチャートを見て日を決めるのが習慣です。結婚を決めるときも、男女二人のチャートを比較し、合っている場合だけ結婚することになっています。
 お嫁(よめ)さんは花婿(はなむこ)の家族といっしょに住むことになる場合が多いので、家族に合うお嫁さんを探すことが必要です。結婚後、お嫁さんは夫の家族と一緒に住んでいても、自分の家族や親族との結びつきも続けていきます。それに、何か行事がある場合は、お嫁さんの親類たちが呼ばれるのも珍しくありません。
 そんな関係になっているので、インドで結婚は男女の結びつきだけではなく、二つの家族の結びつきだと思われています。
 恋愛結婚は、他の国と同じように男女二人が愛しあって結婚することです。でも、インドでは自分の息子や娘に結婚相手を探すことと決めることを自分の責任と権利だと考えている親たちが多くて、恋愛結婚をした場合は親がその権利をなくしたように考えるので、あまり恋愛結婚を認めません。それでも恋愛結婚を希望する場合、それぞれの親や親類たちに事情を伝えて、両親に認めてもらうことになります。両親に認めてもらえなかった場合、意見を変えて両親の決めた人に結婚する人もいます。
 両親に認めてもらえなくても結婚したいと思った場合は、法律上では、大人になっている人は自分で結婚相手を決める権利を持っているので、裁判で結婚することもできます。

Dowryについて(女子の赤ちゃんが少ない現状)
 持参金(ダウリー)とは結婚の時に花嫁の家族が花婿の家族にあげるお金や財産のことです。もともとこの習慣は、一部の州やカーストで、自分の娘が経済的に困ったときに使えるように、親がお金を出してくれたことから始まりました。その後、持参金を要求する家族が増えてきて、問題となりました。1961年に法律上に禁止されるようになりましたが、今も大きな社会問題の一つとなっています。持参金をもらえないため妻を殺す人もいれば、もう一回結婚する人もいます。
 こんな持参金を払うのは難しいので、妊娠(にんしん)しているときに性別を確認し、女の子の場合は生む前に子供を殺してしまう人達もいるので、男女比率が悪くなり、2011年の調査によると、1000人の男子に対して940人の女子という割合となっています。

離婚
 まず、ヒンドぅー教では結婚式を行った時点で結婚が成立しますので、法律上の登録はしないケースもあります。インドの離婚率は他の国と比べてとても少なく、1%ぐらいと言われています。その主な理由は、経済的な問題、離婚の制度についての無知などです。
 昔からインドでは、貞淑(ていしゅく)は女性の美徳(びとく)だと思われているので、離婚した女性にたいする社会のあつかいもあまりよくないです。都会ではあまり感じられませんが、村では住みにくくなる場合もよくあります。


日本とインドの絆(きずな)
センティル・ムルガン

 言葉が存在しなかったときに、人間と人間のあいだの関係や絆などはどうだったでしょうか。そして、絆ってどう意味だろう。友情、知りたいことを教えてもらうことや、したいことを手伝ってもらうなどのことではないか。私の考えでは、人としても国にとしても、やはり優しい気持ちをもつことだと思います。特に、完全に違う言葉や文化をもつ二つの国の間にある絆は、本当に素晴らしいものでしょうね。
 なぜこの国の間の絆がそんなに必要なのかを深く考えると、もちろん皆様がご存知のように世界はどんどん小さくなってきているし、海外旅行も非常に盛んになって、人びとが世界のいろいろなところから旅行で別の国に行くことが増えてきましたね。そして海外貿易もすごく大きくなってきて、そのために海外出張に行く方も多いです。こんな状況だと、行った国でただ仕事だけして帰国する方は少ないかもしれません。なぜかというと、人生では、生きているうちにいろんなことを試してみたり、知らない国を探検することも必要だと思います。国際化の結果、最近貿易はさかんになって、その上、それぞれの国の経済が貿易している相手の国の経済に頼ることになるのは当然ですね。

 インドのバンガロールでは、今インドのいろんな所から仕事のために引越してきています。さらに、ただインド人だけではなく、多くの外国人も来て生活しています。特に、日本人です。トヨタなどの日本の自動車会社がこちらにできていることは、あるいはバンガロールのよい気候の結果かもしれません。こういった日本人とこちらにいるインド人が、いろいろことでいっしょに活動しています。それぞれの国の文化を交換するために、いくつかのイベントやプログラムがあります。この文では、日本とインドの絆を、バンガロールで行われていることをもとにして書きたいと思っています。
 「ハッバ」はカンナダ語で祭りと言う意味ですから、「ジャパンハッバ」というと日本祭りという意味です。7年前には、今みたいにこちらにいる日本人とインド人を繋げるためのもよおしがなにもありませんでした。それで、バンガロール大学で学生に日本語を教えていらっしゃった秦先生という方が、そのためになにかをしようと思って、ジャパンハッバを始めたそうです。ジャパンハッバの目的としては、ただ日本とインドの文化の交流をしてもらうことです。たとえば、日本人がインドの伝統的な歌を歌ったり、インド人が日本の伝統的な東京音頭などの歌で踊ったりしていました。少なくとも三百人くらいのお客様が来ていたそうです。こうして始まったジャパンハッバは非常に有名なイベントになり、最近バンガロールというとジャパンハッバ、というほどに有名になってきています。秦先生は、それぞれの国の代表的なものを加え、ジャパンハッバはもっとおもしろくなってきました。毎年来てくださっているお客さんも、日本のことを見て、「へえ、日本は素晴らしい国だな、どうしても一度行ってみたい」と感じます。その結果、そう思った人々は何回も日本に行くことになって、インドと日本のあいだの友情はもっともっと強くなってきています。そして、ある日本人は国に休みに帰ったとき、日本の家族にインドのことを話して、それを聞いて驚いた家族もインドを訪問しはじめて、インドの観光はさかんになったそうです。

 コミュニケーションとして言葉は必要ですね。それで、日本に行きたいとか日本語を勉強したいと思っている学生たちのために、インドではたくさんの大学や私学で日本語を教えています。ただ日本語を教えるだけではなく、学生たちに日本の大学に留学に行くためにいろいろな準備もしてくれているそうです。日本では今若い人たちが少なくなってきているので、日本の政府も留学生のためにいくつかの奨学金を用意しています。その結果、最近日本に行っている留学生の人数は非常に多いです。国のあいだの友情を広げるために、留学生も大事です。
 同じように、日本からもたくさんの若い学生たちがインドに英語を勉強しに来ることが、インドのことを日本に伝えるいちばんいい手段になります。

 結論を言えば、日本とインドの絆は、それぞれの国の文化とか言葉とか貿易などに違いがあることの結果でしょう。違いが絆を生むのです。


今月の短歌
サクラ日本語リソースセンターの初級の生徒ラヴィクマルさん(40時間学習)はバンガロールについて1分で(!)こう書きました。
「バンガロールはきれいなまちです」
「バンガロールのてんきはすずしいです」
「きょうはあめではありません」
「バンガロールはかいしゃがたくさんあります」
「バンガロールはこうえんのまちです」

つまり、

 すずしくて きれいで かいしゃが いっぱいの こうえんのまち
  バンガロールは

ということですね。



MA Japanese Course. Centre for Global Languages, Bangalore University.
P.K. Block, Palace Road, Bangalore - 560009, India

2012年6月30日土曜日

AGP 第8号


AGP日本語通信 第8号 (2012年7月号)


<日本語によるインド文化講座>

インドの社会
スシーラ・メノン

 インドはどんな国でしょうか。インドの社会はどんな人々から成り立っているのでしょうか。まずインドの人口から始めたいと思います。
 皆様ごぞんじのようにインドの人口は12億人を超えていて、世界第2位となっています。第1位は中国ですが、中国はさまざまな対策で人口増加を減らしているので、インドは2026年に中国を抜き、世界一人口の多い国になるといわれています。また面積で言うと、この図からわかるように、中国はインドの約3倍と広いので、インドでは人口密度が高くなります。現在でも、世界の人口密度の多い町として、ムンバイが1位、カルカッタが2位となっています。


 それでは年齢構成はどうなっているのでしょうか。このピラミッドをご覧ください。若い人の数が多くて年寄りの数が少ないですね。ということはインドはまだ若い国です。


 日本の年齢別人口と比べたら、こうなります。それで、日本の社会問題のうち、少子化や高齢化などはインド社会にはありません。逆にインド社会の問題は人口が多いこと、つまり人口爆発なのです。


 若い人が多いということは働く人が多く、国の経済的な発展となるので、そのままでいいと考える人もいるんですが、でも人口爆発は食料不足、住宅不足、用水不足、雇用不足というようにいろんな不足をもたらしますね。インドの人口を減らすために、前首相のインディラ・ガンディーは国民に「子供ができなくなるための手術」を施(ほどこ)すことを強制するといった対策を考えました。しかし、それは人々の猛反対を受け、そのためにインディラ・ガンディーは選挙に惨敗してしまいました。その後はこれといった対策もなく、現在も人口増加がインド社会の大きな問題と残っています。

異質社会
 インド社会の特徴は、異質であることです。というのは、さまざまな人種が、さまざまな言語を話し、さまざまな宗教を信じています。とても多種多様ですが、調和があります。インドは「多様性のなかの調和:Unity in diversity」といわれています。

インドの宗教 
 インドには世界の宗教すべてが存在しているといわれています。インドのもともとの宗教はヒンドゥー教ですが、仏教とジャイナ教が生まれたのもインドです。それ以外の主な宗教として、シーク教、イスラム教、キリスト教などがあります。インド人はたいていだれでもどれか一つの宗教に属しています。
 1947年にインドが独立した後、ムスリムの要求で国が宗教の基に分けられ、ムスリムのためにパキスタンがイスラム国家として独立しました。一方でインドは、ヒンドゥー教徒が多数を占(し)めるものの、どの宗教でも存在できるような国となりました。イスラム教徒はコーランを経典(きょうてん)とし、ヒンドゥー教徒とは考え方が異なるので、インドの法律では、イスラム教徒に対して特別な民法までできています。たとえばイスラム教徒なら3人の妻を持ってもいいなどのことです。
 それでは、インドの首相(マンモハン・シン)はどの宗教に属しているか御存知ですか。現在インド人の80%はヒンドゥー教徒ですが、彼はヒンドゥー教徒ではなくシーク教徒です。しかも、その首相はキリスト教のソニア・ガンディーによって任命されました。さらに、そのときの大統領はイスラム教徒でした。こちらの写真はそのときの様子です。インドにおける「宗教の調和」を示すシーンの一つといえるでしょう。

インドの言語
 インドには1000を超える言語があると言われています。その中でも1万人以上の使用者がいる言語は124語で、現在の公用語は24です。インドの紙幣をみても15の言語で書かれていますね。インド言語は大きく二つに分かれ、北インドはインド・ヨーロッパ語族、南インドはドラヴィダ語族に属します。南インドの言語にはインド・ヨーロッパ語族のサンスクリット語の単語が多用されています。
 これは、言語ごとに色分けされた地図です。

 緑色のヒンディー語がいちばん多く話されているんですね。それでヒンディー語が国語と認められています。でも、国語のヒンディー語が通じない州がたくさんありますので、主な書類や裁判所や州と州の間の通信などには外国語の英語がよく使われています。インドのテレビ番組をみても、いろんな言語の番組があるから、ものすごい数(500ぐらい)になっています。
 それではそんなにたくさん、違った言語を話している人々の国での議会はどういう風に行われていると思いますか?
 実は議会はヒンディー語や英語で行われていますが、それが自動的に、同時通訳されています。議員はイアホンで15の言語のうち好きな言語を選ぶことができます。
 インドには多くの言語が存在するため、全国民に通じる言語はありません。そこで、外国語の英語が共通語となってしまいました。
 現在、インドで1億2千万人が英語を話すことができ、それは総人口の11%です。世界における英語話者数はアメリカに続いて第2位で、イギリスよりも多くの人が英語を話していることになります。
 また、高等教育は必ず英語で行われているし、都会の小学校もほとんど英語で教育を行っています。また、恋愛結婚で別々の母語の人が結婚した場合、家庭でも英語を共通語として使用するケースも増えています。そこで、各州は自分の母語を守るためにいろんな動きをしています。カルナータカ州でも、店の看板やバスの行き先などはカンナダ語表記が必須(ひっす)となっていますし、公用語はカンナダ語で、政府からの通信などにはカンナダ語しか使わないなど、それぞれの言語が失われないような努力を行っています。日本のように全国で一つの言葉を話している社会と比べたら、とても複雑ですね。

インドのカースト制度
 外国人が興味をもつインド社会の特色がカースト制度でしょう。インドの複雑なカースト制度をちょっとのぞいでみましょう。カーストはもともとはヒンドゥー教での職業をもとにした身分制度です。
 ヒンドゥー教のカースト制度にはバラモン・クシャトリア・ヴァイシャ・シュードラの4つの身分がありました。バラモンは僧侶や教師であり、クシャトリアは王さまや武士で、ヴァイシャは商人や地主で、シュードラは一般の農民などというように職業のベースで分けられていました。また汚い仕事をする人たちはそのカースト制度のそとにおかれて、アウト・カーストやダリットと呼ばれていました。上の三つのカーストが上層とされ、シュードラが下層、またダリットですが、とても低くみられていて、その人たちは、触ってはならない、つまりUntouchableな身分とされていました。今はヒンドゥー教だけに限られていなくて、インドのどの宗教にも上層や下層があって、多数のカーストやサブ・カーストができています。

現在の状態
 独立後のインドの憲法(けんぽう)でカースト差別は禁止されました。しかし、突然みんな平等だといわれても、長い間不公平な扱いをされ、教育を受けることのできなかった下層の人たちは、以前からよい教育をうけ、恵まれている上層の人と競争できないはずですし、いつまでも下僧に残ることになります。そこで、政府はさまざまな対策を考えました。その一つは下層階級優遇政策です。

優遇制度
 優遇制度とは、公的機関での雇用者数や大学の入学枠の5割を下層階級のために確保しておく制度です。それ以外にも、大学入学資格のボーダーラインを下げるなどの優遇措置(そち)もあります。そのため、下層階級出身は下層にいつづけることを望み、安心してしまいます。下層が固定化してしまう恐れもあります。また、資格もなく公務の仕事や医学の進学などに入る人がいて、インド社会における仕事や教育の質の問題にもつながります。実際のところ、下層の人たちは常に経済的に弱いとはいえません。下層階級の人でもとてもお金持ちやステータスの高い人々もいれば、上層で貧しい人もたくさんいます。
 下層の人なら、経済的に余裕があっても優遇を受けられますので、上層で貧しい人に対しても優遇を要求する人が増えて、社会的な不安がおきています。下層に対しての差別をなくすためにできた優遇性が、逆差別を起こしてしまいました。

現代社会におけるカーストの存在
 公的機関・公立学校:優遇を受けるためにしか人のカーストが明らかになりません。カーストでの差別は法律的に禁止されています。優遇カテゴリーとジェネラル・カテゴリーと大きく分かれています。
 私立機関・私立教育機関:優遇制度が認められていません。たとえば、今のIT企業などではカーストは関係ないし、面接のときなど、応募者のカーストを聞くのは禁止されています。それで、優遇制度で機会を失った多くの上層の人がIT業界に入っています。
 結婚:お見合い結婚のときはカーストが重要です。恋愛結婚だと、同じカーストなら、家族に反対されませんが、違う宗教や、同じ宗教でも上層の人と下層の人なら、家族にすごく反対されます。下層の人と結婚したいという娘を殺すなどというひどいことをする人もいると新聞によく出ています。
 社会:下層の人なら失礼になるから、直接人のカーストをききません。また、ハリジャンやダリッとやロウアー・カースト(下層)などの単語を使うのも失礼とされていますので皆様も注意してください。インド人は互いのカーストを聞かなくても、少し話せば、言葉遣いや話し方でだいたいわかります。インド人は言語、宗教、カーストなどいろんな枠に属しますので、資格が一致すればするほど仲良くなる傾向があります。

結論
 インドの社会は異質で、さまざまな宗教、さまざまな言語、さまざまな人種でできている複雑な社会です。人々が祝う祭りも違うし、文化について話しても「インドでは…」と言えないほど異なる文化が人々の間に存在しています。そんなに違っていても、一つの国として平和に存在しています。たしかに「多様性のなかの調和」といえるでしょう。

(5月29日の「日本語によるインド文化講座」での発表です。とてもおもしろいものなので、これから4回連載していきます。)


ココ

 12人ずつの2つのチームがあって、ゲームにはそのうち9人が参加する。まず追っ手のチームのうち8人が2つの柱の間にすわる。そのとき、1人おきに反対側を向いてすわる。9番目の者は追っ手である。つぎはランナーのチームから3人がフィールドに入る。それからゲームが始まる。
 まず、追っ手がランナーを追いかける。手でランナーに触ると、このランナーが負けで、フィールドを出る。追っ手が疲れたら、他のすわっている追っ手チームの者を「コ」と言いながら叩く。するとその追っ手が走り出し、その場所にコをあげた者がすわる。すして追っ手は交代にランナーを追いかける。追っ手は一度に1人しかいないことに注意する。
 ランナーは、どの方向にも走ることができるが、追っ手は自分が向かった方向にしか走れない。加えて、追っ手は自分のチームのすわっている人の間も通れない。向こうに行きたいなら、柱まで行って曲がらなければならないが、他の追っ手に番をまわすこともできる。ランナー3人とも負けたら、次の3人が入る。全員負けるまでこれを繰り返す。ひとつのイニングは7分だけで、次はランナーチームが追っ手になり追っ手チームがランナーになり、ゲームは7分続く。
 2つのチームのうち、負けた人数の少ないチームが勝つ。
           (ショバナ)

今月の川柳
 抽象画(ちゅうしょうが) さかさにみても 抽象画  リーラ
 新聞
 朝おきて わるいニュースを 読むカルマ(運命)  リーラ
 雨季がきた 交通事情 悪くなる  アラティ


今月のカンナダ語
Idhu nanna pen. Ii pen nannadhu.
(イドゥ・ナンナ・ペン:これ・私の・ペン。イイ・ペン・ナンナドゥ:この・ペン・私の)
Adhu yaara manay? Aa manay yaaradhu? 
(アドゥ・ヤーラ・マネ?:あれ・誰の・家? アー・マネ・ヤーラドゥ?:あの・家・誰の?)
Idhu hosa camera. Ii camera hosadhu. Ii camera hosadhu alla (hosadhalla). 
(イドゥ・ホサ・カメラ:これ・新しい・カメラ。イイ・カメラ・ホサドゥ:この・カメラ・新しいの。イイ・カメラ・ホサドゥ・アッラ(ホサダッラ):この・カメラ・新しいの・ない)
Idhu swarasyawaadha pustaka. Ii pustaka swarasyawaagi idhey (swarasyawaagidhey). 
(イドゥ・スワラシャーダ・プスタカ:これ・おもしろい・本。イイ・プスタカ・スワラシャワーギ・イデ(スワラシャワーギデ):この・本・おもしろいの)
Ivatthu malay baatharay anthey (baatharanthey). 
(イヴァットゥ・マレ・バータレ・アンテ(バーラタンテ):きょう・雨・来る・そうだ)
Ivatthu malay baatharay antha kaanathhey.
 (イヴァットゥ・マレ・バータレ・アンタ・カーナッテ:きょう・雨・来る・と・思う)
Namagay Tanaka awaru gotthu. 
(ナナゲ・タナカ・アワル・ゴットゥ:私に・田中・さん・知っている)
Mahishaasura emba (emmuwa) rakshanindha Mysuru emba hesaru banthu.
(マヒシャースラ・エンバ(エンムラ)・ラクシャニンダ・マイスール・エンバ・ヘサル・バントゥ:マヒシャースラ・という・巨人から・マイスール・という・名前・来た)


MA Japanese Course. Centre for Global Languages, Bangalore University.
P.K. Block, Palace Road, Bangalore - 560009, India

2012年5月31日木曜日

AGP 第7号


AGP日本語通信 第7号 (2012年6月号)


夢の子供
N・S・スミトラ

 私はことしの6月に結婚しました。いつか遠くない将来に、待望の赤ちゃんができると思います。
 子どもを育てるためには、何が必要でしょうか? どんな子どもになってほしいかと考えました。アインシュタイン、ガンジー、マザー・テレサ、オバマ、ビル・ゲイツ…。でも、このリストを完成させる前に、子どもはおとなになってしまいます。私の子どもは、成功もしてほしいですが、ほかの人に尊敬されるような人になってほしいですね。時間を守る人、約束を守る人、責任感のある人、まじめな人になってほしいです。たとえば、子どもが学校に遅刻して、先生になぜおくれたのかと聞かれたとき、たくさんしゃべってしゃべって、自分のまちがいをみとめずに、ほかの人に責任をかぶせる人ならいやです。遅刻したら、渋滞(じゅうたい)がありました、あさ水が出なくて、したくができませんでした、自転車がパンクしました、きのうおそくまで勉強したので、あさ起きられませんでした(ほんとうはゲームをしていたんですが)。インド人が時間にまにあうためには、こんなにたくさん障害があるんです。
 同じように、約束を守ってほかの人の信頼を得なければなりません。たとえば、日本人のように、やらなければならないことを約束どおり完璧(かんぺき)にしなければなりません。できないときは、前もってそう伝えることも大事です。インド人はいつ聞いても、「できます」と言って、実際にするときになって初めて「できません」と言います。つまり、インド人はいつもできるんです、しなければならないとき以外は。日本人のようにちゃんと計画を立てて、前向きに考えることが必要です。
 すごい、いま私の子どもは時間を守って、約束を守って、責任感があって、まじめな人です。いいですね。でも…、いつ私といっしょに時間をすごしますか。日本人のようにいつも仕事について考えていたら、家族、親戚の愛についてわからなくなりませんか。インド人のように家族や親戚を大事にするのは大切ですよ。誰からも独立していたら、人生の意味とかしあわせがわかりません。家族や親戚の愛の中に育ったら、ほかの人の感情を尊重するようになって、よく助けあいをするでしょう。そうするとほかの人にも尊敬されるようになります。たとえば、主人はチェンナイの人ですが、去年バンガロールでチフスになりました。そのとき、主人の兄の奥さんのお母さんのお兄さんの娘が、仕事を1週間休んでずっと世話をしてくれました。 
 いろいろ考えると、私は、「感謝」にかんしては日本人とインド人に共通ではないかと思いました。インド人は、家族・親戚を思い、家族愛をはぐくみます。いっぽう、大半の日本人は礼儀を重んじています。それで、まじめに働きますが、その底には感謝の心があると思います。インド人のいいところと日本人のいいところをミックスして、つねに感謝の気持ちをわすれない子どもに育てていきたいと思います。
 子どもはあしたの社会です。規則を守って、まわりをきれいにするのは、たしかに社会の発展に役に立ちます。たとえば、信号を守る、交通規則を守る、人にしなくてもいいと言われても、自分のやるべきことをやる正直(しょうじき)な人になって、次の人、またその次の人とこの気持ちをつなげていけば、国に対しても貢献(こうけん)できると思います。そんな子どもが私の夢の子どもです。

(南インド弁論大会で優勝し、全インド弁論大会で特別賞をもらったスピーチです。バンガロール弁論大会にも参加して4位になっていますが、そのあとで大きく書き直したので、ほとんどのバンガロールの人にはこの「改訂版」は初めてでしょう。)


                                        移り変わり
ギータ・ラグラーム

 私の人生には、二人の主要人物がいます。私の主人と父です。二人を関する二三のできことをときどき思い出します。今日はみなさんにそれを紹介したいです。
 これは子どもの時の話です。十二歳でした。家族といっしょに住んでいました。その近くに川が流れていました。ある日テロリストがその川のダムを爆破するという噂が流れて来ました。恐ろしくてがたがたふるえていた私は、父に「ここから引っ越してほかの所へ行きましょう」と言いました。父は、「あの噂は全部嘘だ」と軽く言って笑いました。私は怒って、「お金と金と通帳を私にちょうだい。私、おばさんの家へ行くの。あなたたちは何でもしてください。私は生きていたい」と利己的にいって、父を傷つけました。あのころは、人間、それどころか両親の大切さも知りませんでした。あのできことを思い出すと、今も恥ずかしい気持ちになります。
 私の今のしあわせの基礎は両親です。両親からもらった愛は何にも比べられません。成長した今は、人間の価値がよく分かっていると思います。
 次は、主人を最初に見たときのことについての笑い話です.
 私の結婚はお見合い結婚です。主人にいちばん最初に会ったのは、17歳ぐらいの時でした。どこでしょうか? バス停です。お見合い結婚だけど、どうしてバス停?
 私は両親といっしょに今の主人を見に主人の家へ行きました。その時は、主人の家が親類で一杯。皆を見た私は、恐くなってだれとも何も話さないで、テレビばかり見ていました。「いつここから帰られるだろう」とばかり考えました。今もあのときのことを思い出して笑います。今、私はあの家の主です。
 その後、主人の姉は私に、「彼があなたと話したがっている」と言いました。そこで私は、「いいえ、いいえ、話せません」とおずおずと言いました。今はどうでしょう? 今、私は家族のだれよりもたくさん話します。どうやってあの新しい家になれましたか? ほんとうにわかりません。
 それから、主人を見ようとしない私の気持ちが分かったぎりの母は、主人を私を見送りに行かせました。もう夜になっていたんです。バスに乗った私が、出発する前、彼に「さよなら」と言った時に、バス停で、バス停のうすぐらい中で初めて主人を見ました。彼に恥ずかしそうに微笑みかけて出発しました。しかし主人のイメージを目にいれて帰りました。
 みなさんの人生にもそのようなおもしろいできことがあったかもしれません。そんなじょうけいをもちろんみなさんは経験しているものとおもいます。あんなじけんやできことなどによって、私たちは成長するのかもしれません。これが移り変わりではありませんか?


日本への研修旅行
レヴァティ・R

 日本 - 日本語を勉強している学生たちが一度は行ってみたい国だと思います。景色がすごくきれいな国です。いろいろな夢を持って日本へ来ました。5月8日に来日し、今関西国際センターで日本語の勉強をしています。
 最初の日は、このプログラムについていろいろ説明してくださいました。参加者の話し方を上達させるためのプログラムです。ホームビジットをしたり、小学校へ行ったり、スピーチをしたりもします。自分でスピーチをして、先生に送って、先生から直していただいて、授業でスピーチします。これを録音して、自分でも聞きます。これをチェックして、次のスピーチのとき前のスピーチで間違ったことを直して、もっとよくします。
 関西センターからグループに分かれて大阪へ行きました。これもこのプログラムのタスクでした。四人のグループで四天王寺(してんのうじ)というお寺と梅田スカイビルへ行って、この研修について発表するタスクでした。いろいろな国の学生といっしょにいきましたから、とても楽しかった。

  
 
 東京にも行きました。大阪と比べたら、東京はとてもにぎやかでした。東京タワーへ行ったり、ふうりんを作ったり、友達の先生に会ってみんなといっしょに一日を過ごしました。東京の古い町浅草にも行きました。お寺へ行ったり、買い物したり、インド人と話したりしました。
 小学校へ行って自分の国について説明したり、日本の小学校についていろいろ聞いたり、生徒と遊んだりしました。日本の学校はインドの学校ととても違います。たとえば、教室に入るとき、学校用の特別な靴を履きました。小学生はみんな学校の食堂からの食べ物を先生といっしょに食べました。ごはんが好きではないという子供は、ごはんを食べないで他の食べ物を食べました。
 センターの近くにスーパーがあります。センターから自転車を借りることができます。自転車を借りてスーパーまで行きました。センターは海の近くにありますから、途中の景色はとてもきれいです。ある日、近くにある海にも行きました。すばらしい経験でした。友達といっしょに遊んだり、景色を見て楽しく過ごしました。またいつか行きたいです。センターの中にはバドミントンやテニスなどのゲームがあります。
 これからはインタビューもします。自分でテーマを選んで、三人のグループで近所の人や大学生にインタビューをして、意見をまとめて発表します。京都や奈良や神戸も行く予定があります。楽しみにしています。このプログラムでは新しい経験がいろいろあって、いろいろな国の友達ができて、楽しいです。


ラゴーリ

 ラゴーリは南インドのカルナータカ州の遊びである。
・人数:2つのチーム、各チームに3人以上
・必要なもの:平らな石7つ
       やわらかいボール1つ
・遊ぶ場所:昔は道でもしていたが、もうちょっと広いスペースのほうがいい。
・遊び方:
 まず、2つのチームを組む。チーム1の人は平らな石を大きいほうから積む。次に、チーム2の人は遠くから積まれた石にボールを投げる。すると、チーム1の人たちはそのボールがあたってくずれた石を元にもどす。チーム2の人たちはボールをチーム2の人の足にあてる。ボールがあたると、その人はチームから外れる。チームに残った人たちがまた石を元にもどそうとすると、チーム2の人たちはボールを投げてそれをじゃまする。チーム2の人たちがチーム1のみんなを外に出したら、チーム2の勝ちで、1点をもらう。できなかったら、チーム1が勝つ。今度はチーム2が石を積む。最後に点数が多いチームが勝つ。
       (スシーラ・メノン)


吉野 宏(よしの ひろし)氏(東京大学インド事務所長)講演
 テーマ:「日印鉄道交流 」
 日時:6月5日(火)10-12時
 場所:バンガロール大学(シティキャンパス)世界言語センター2階 日本語教室
 聴講者歓迎です。


今月の川柳

 結婚の まえは恋人 あとは敵  リーラ

 やせたくて 買ってかざった トレッドミル  リーラ

 夏休み 子ども天国 親地獄(じごく)  スシーラ


今月のカンナダ語
Naanu belaggay manayli iddhey. (ナーヌ・ベラッゲ・マネリ・イッデ:私・朝・家に・いた)
Ninnay awaru Mumbaigay hoodhru.
 (ニンネ・アワル・ムンバイゲ・ホードル:きのう・あの人・ムンバイへ・行った)
Niivu uuta maadadhra? (ニーヴ・ウータ・マーダドラ?:あなた・食事・したか?)
Maadalilla. (マーダリッラ:しなかった)
Paata aaithaa?  (パータ・アーイター?:勉強・おわったか?)
Aaithu./ Aagilla.(アーイトゥ/アーギッラ:おわった/おわらなかった)
Niivu eenu aagbayku?. (ニーヴ・エーヌ・アーグベク?:あなた・何・なりたい?)
Naanu doctor aagbayku(ナーヌ・ドクター・アーグベク:私・医者・なりたい)
Taxili 2 gantay kaala aagatthey.
 (タクシーリ・エラドゥ・ガンテ・カーラ・アーガッテ:タクシーで・2・時・時間・かかる)
Awarigay alligay barakkay aagatthey. 
 (アワリゲ・アッリゲ・バラッケ・アーガッテ:あの人に・あそこへ・来るのに・できる)
Nimagay Kaanada oodhakkay baratthaa? 
 (ニマゲ・カンナダ・オーダッケ・バラッター?:あなたに・カンナダ語・読むのに・できるか?)
Howdhu, baratthey.(ハウドゥ、バラッテ:はい、できる)
Naanu kelasa maadlay bayku.
 (ナーヌ・ケラサ・マードレ・ベク:私・仕事・(きっと)する・必要だ)
Gate mundhey car park maada kuudadhu.
 (ゲイト・ムンデ・カー・パーク・マーダ・クーダドゥ:門・前に・車・駐車・して・いけない) 
Eenaadhru baykaa?(エーナードル・ベイカー?:何か・ほしいか?)