2012年2月8日水曜日

AGP 1月号


AGP日本語通信 第1号 (2012年1月号)


バンガロールに住む日本人とバンガロールで日本語を勉強するインド人をつなぐため、いろいろな催しが行なわれていますが、新興の日本語MAコースも、「日本語を学ぶインド人学習者の生活と意見」を日本人の方々に紹介するメールマガジンを始めます。
日本語・日本文化を接点に、バンガロールの日印交際が進む一助となることを願っています。(W)


私が子供のとき住んでいた家
スシーラ・メノン

 私が7歳のとき、父が新しい家を建てた。それまでは父の会社が用意してくれた社宅にすんでいたが、新しい家ができ、すぐそこに引っ越ししたそうだ。社宅のことはぜんぜん覚えていないが、7歳からずっと結婚するまですんでいた、父がとても熱心に作ったその家はよく覚えている。
 バンガロールの中心から10キロくらい離れたところにある小さい美しい一戸建て。外面の色は薄い緑。屋根のところに菱と丸のデザイン。外から屋上まで行くための階段。階段の手すりにも菱のデザイン。それが長い間、私のスイートホームだった。
 2LDKのその家の部屋は狭かったが、台所もバスも広かった。家族の5人(姉が2人)で一緒に、赤くてぴかぴかな床に座っておしゃべりしながら夕食を食べていたのをよく覚えている。夕食が終わっても話は全然終わらないので後の話は居間でしていた。休みの 夜、家の広い屋上で姉妹三人で星を数えたりゲームをしたり遊んでいたのが印象に残っている。
 車ほとんどなかったので、家の前の土の道が子供たちの遊び場だった。近所の友達とホップスコーチ(石けり遊び)、飛び級、ラゴーリなどをして楽しんでいた。初めて自転車に乗ったのもその道だった。
 私の思い出がたくさんつまっているその家はまだ残っている。ただ家主が違う。外からの様子も変わってしまった。でも私の頭に描かれたその家はいつまでもそのまま残っている。


川柳  
 三十歳 もう売れ残り 結婚だ
 転職は 天職のため するはずだ
              ダシュミー


「私と、ギタさんと、ミナさんと」
アムルタ 
私がどんなに練習しても、
かんじはうまくかけないが、
書けるギタさんは、わたしのように、
りょうりを上手にはつくれない。

わたしが歌をうたっても、
きれいにうたえないけど、
上手なミナさんはわたしのように、
たくさんの歌をしらないよ。

ギタさんとミナさんとそれからわたし、
みんな違ってみんないい。


「わたしとサッチンとラーマン」
レバティ 
わたしがどんなにれんしゅうしても、
クリケットはちっともできないが、
できるサッチンはわたしのように、
日本語をじょうずには話せない。

わたしがうたをうたっても、
きれいなこえはでないけど、
じょうずなラーマンはわたしのように、
いろんなおどりはしらないよ。

サッチンとラーマンとそれからわたし、
みんなちがってみんないい。


カルナタカ州の誕生日(11月1日)

「蜜のように甘い、何千年もの歴史は、誇らしげにあなたがカンナディガ(カンナダ人)であると言う」

 1956年のこの日、南インドのすべてのカンナダ語を話す地域が合併して、カルナータカ州を形成しました。11月1日に新しいカルナータカ州が正式に生まれました。そしてこの日に誕生が祝われます。これは、一般にカルナータカRajyotsawa(「国の誕生」)、また共和国記念日と言われます。
 カルナータカ州成立の記念日は毎年祝われています。11月1日、カルナータカ州は楽しい気分につつまれます。この日は州政府の祝日です。

 カルナータカ州記念日の行列が進むとき、女神ブワネスワリ(Bhuvaneswari)は美しく飾られた車の上に載り、民族芸術家は彼らのさまざまな芸能を披露します。カンナダの旗があちこちで掲げられ、さまざまな劇、舞踊、古典音楽の芸術家たちによって祝われます。人々は伝統的な服を着ます。男性たちは黄色と赤のターバンをつけ、女性は赤と黄色のサリーをまといます。
 「国の誕生日」の祭日は、カルナータカのすべての地方で喜びをもって祝われます。この日州政府は、カルナータカ州の発展のため大きな貢献した人々にRajyotsawa賞を授与します。
 カンナダ語はカルナータカ州で主に話されています。カンナダ語はインドの主要なドラヴィダ(Dravidian)語のひとつで、世界で27番目に話されている言語です。カンナダ語を話すネイティブスピーカーはカンナディガと言われます。これはインドの公用語のひとつで、カルナータカ州の公用語です。

歴史
 1950年にインドは共和国となり、いろいろな州がその地域で話されている言語に基づいて形成されました。そして、以前王によって支配されていた南インドのさまざまな地域を含むマイソール州が誕生しました。
 そのあと1956年に、南インドのすべてのカンナダ語を話す地方はひとつに合併されました。新しい州は藩王国だったマイソールに因んで命名されましたが、マイソールという名前は北カルナータカと現在のハイデラバードのようないくつかの地域で受け入れられなくて、住民は名前の変更を求めました。
 結局、長い議論のあと、1973年11月1日にカンナダ語を話す人々の州はカルナータカ州と改名されました。その後、毎年11月1日がカンナダRajyotsawa(「建国」)またはカルナータカ記念日として祝われています。
 カンナダ語はインドのもっともよく知られているドラヴィダ語のひとつです。カンナダ語は、真正のドラヴィダ語であるタミル語と同じぐらい古いです。カンナダ語は、ほかのドラヴィダ語のタミル語、テルグ語、マラヤーラム語などと同じく、語彙や文法、文体の面でサンスクリット語から大きく影響を受けました。紀元前230年のアショーカ王の古い磨崖布告のひとつには、識別可能なカンナダ語が含まれています。

Proud to be a Kannadiga-

kannada_rajyOtsava

Karnataka. One state many worlds 

Patriotic Kannada Song - Jai Bharatha Jananiya Tanujathe! Jai he Karnataka Mate! 

beautiful melody song

Jog Falls - Karnataka 

banglore

(Koyo不定期報より。翻訳:スリレーカ)


BNKによる日本人のためのカンナダ語講座が1月9日から始まりました。
 日時:毎週月曜日10-12時
 場所:バンガロール大学 世界言語センター 2階
 受講料:6500ルピー+BNK入会金800ルピー/25回(50時間)
まだ受講できます。興味のある方は、Suma Agara (9945279077; suma_sanjay@yahoo.comまでご連絡下さい。日本語OKです。


バンガロール大学 世界言語センターを見つけるには

 左の地図のUniversity Law Collegeと書いてあるところにあります。Law College のひとつ北です。
 ふつうの人なら必ず見落とす右のような門標のある入口を入り、突き当たって左に進むと、きっと「こんなところに大学があるはずがない、道をまちがえてしまった」と思うでしょうが、ひるまずにさらに進むと、いちばん奥にボロい建物があります。それです。 
 「隠れ家」と思いなせば、趣きなくもない? そのかわり、駐車スペースには困りません。









0 件のコメント:

コメントを投稿